2020 Jun. 1 第1回“光”機到来!Qコロキウム
盛会のうちに幕を閉じました。ご参加ありがとうございました!
発表1:宮田 潔志(九大院理・助教)
時間分解赤外分光で紐解く熱活性化遅延蛍光材料の電子・構造ダイナミクス
光機能性有機材料では、微妙な立体構造変化などの構造の自由度が電子物性に大きく影響するため、光励起後に生じる諸過程を”構造の自由度”と”電子の自由度”双方の観点から統一的に理解する必要がある。超高速レーザーを利用した時間分解赤外分光(TRIR)は、赤外振動スペクトルの時間変化を通じて電子ダイナミクスと構造ダイナミクスを同時に実時間解析できるため、強力なアプローチとなる。本発表ではTRIRを熱活性化遅延蛍光材料に適用し、構造ダイナミクスから光機能を整理した研究例を紹介する。
2020/7/4
ケムステのYoutubeチャンネルで講演動画をアップロードしていただきました。
Youtube チャットコメント一覧:
*宮田からの返答はイタリックで追記しました。
Ken Albrecht
可視光領域の時間分解分光がIR領域よりも多く研究されてきた理由は歴史的に何かあるのでしょうか?
可視光領域の方がパルス光発生の技術や検出器の開発が進んでいたことが主要因だと思います。中赤外はパルスをつくるのも、検出器を用意するのも一千万円以上の金額は必要で大掛かりになってきます。
Tomohiro Fukushima
赤外プローブ光だと時間分解能が下がってしまいそうなんですが、どれくらいですか?
確かに波長変換の過程で多少はパルス幅が伸びますが、元が120 fsで中赤外パルスが200 fsくらいのイメージです。
taira natsuki
時間分解IRを使う上での溶媒や溶質に対する制約など教えていただけると幸いです。
溶質分子と比較して溶媒分子が圧倒的に数が多いので、溶媒分子の振動がある領域はプローブ光がすべて吸収されきってしまって検出できなくなるという問題が生じます。従って、観測したい波数領域にあまり振動を持たない溶媒が望ましいです。当研究室では、THF、トルエン、ジクロロメタンなどをよく使います。
S S
エネルギー差が小さいだけではRISCが起こる必要十分条件になってないような気がするのですが、実際のところ概ね大丈夫なのでしょうか
実際ΔE_STが小さければTADFを出しやすい傾向自体はあるので概ね大丈夫と信じられていますが、特に青色光発光のTADF分子の設計が必ずしもうまくできていないところを見ると、まだデザイン指針がブラッシュアップされ切っていないといった状況と思います。他に効いてくる要因としては、高次励起状態が絡んだスピン軌道相互作用の増強や、今回の発表のような励起状態の立体構造があり得ると思います。このあたりは先端的高速分光により実験的な解明が待たれているため、頑張りたいところです。
Momotaro TAKEDA
測定の温度は変えられますか?異性体の平均構造しか分からなかった一般的なIRに対して、時間分解で細かく観る、のに対し、低温にして分子運動姓を下げる、というアプローチの方が昔からあるのではないかと思います。
温度依存TRIRのセットアップは、今研究室でも開発中の装置の一つです。熱活性過程を抑えられるはずであること、最安定構造の占有数を上げられるため信号がシャープになることなどが利点になってくるはずで、より詳細な知見が得られると期待しています。
S S
S1での振動は計算しないでよいのでしょうか
逆項間交差はT1-S1間の電子状態変化ですからS1の立体構造を突き止めることはもちろん重要です。当研究室でもS1の振動計算は試みているのですが、TD-DFTで行う最安定構造の計算が必ずしも精度がよくないのか、実験結果を再現する計算条件がなかなか見つからず苦労するケースが多いです。ただし、根気よく検討して突き止めたこともあります。可能性は感じているので、励起状態計算の勉強を進めていきたいと考えています。
Ken Albrecht
この測定は固体(薄膜)中でしょうか?計算は単分子状態でしょうか?媒質はどのように考えていますか?
今回の発表では、溶液での測定結果をお伝えしています。PCMによる溶媒効果の検討は行っていて、一分子を囲む媒質の誘電率を変えながら、振動スペクトルのパターンを極力再現する計算条件を見つけています。なお、実験で主に使っている溶媒であるTHFの誘電率は7.5程度です。
八束孝一
構造変化が大きいと、熱失活によってT1状態が速く失活しやすくなるのかなと思ったのですが、何か考えているものがあればお聞きしたいです。
構造変化が大きいことにより無輻射失活が早くなっている可能性は十分あると思います。それもTADF過程があまり観測されていない一つの要因であることは疑いないですね。ご指摘の通り、RISC過程に障壁を作らない+無輻射失活の抑制という二つの要素がTADF活性につながっているという見方が正しいと思います。
Tomohiro Fukushima
電子励起と光励起での励起状態は同じものと考えて大丈夫ですか?局所熱の寄与やStark効果などが気になります。
まったくその点は同感でして、光励起と電気励起の違いは今後分子科学が取り組むべき大課題の一つだと考えています。異なる点はいつくもありますが、個人的には励起状態の生成過程が、光励起ではS0からのワンステップの励起でS1が生じるのに対して、電気励起では正孔が注入された後に電子が注入もしくはその逆とステップワイズに励起状態生成が起こるはずです。このような違いが励起状態特性にどう効いてくるかはじっくり考えたいと思います。新しい分光法を開発する必要も感じています。
Takashi Hirose
項間交差速度を考慮する上で、スピン軌道カップリングの寄与はどのように取り扱っていますか?
本来はちゃんと計算などから値を見積もれば、原理的には速度定数も計算可能です。ただし、S1とT1で分子の立体構造が異なることも考えると、反応座標をどうとるかといった問題が現実的には難しいかもしれません。このあたりは遷移状態計算や励起状態計算が得意な方と議論してみたい点でもあります。
S S
下がってくるのはCT的な状態でしょうか。分極してる方が溶媒の影響を受けそうな
その通りです。先行研究でも、CT性の状態がエネルギー安定化する一方、LE性の状態は影響が少ないためエネルギーダイアグラムが相対的に変化するという議論を展開しています。
Ken Albrecht
高次励起状態が絡んできている(T1に混ざっている?)というのはスペクトル的に見えないのでしょうか?
まさに今、やろうとしています。従来のpump-probe分光ではどうしてもS1, T1しか見えないため区別が難しいので、それを発展させた分光で、高次励起状態が絡むダイナミクスを直接観測できないかと画策しています。もう少し研究が進展してきたらどこかで報告できると思います。現時点ではうまくいくかもわかりませんが、今後にご期待ください。
Kato Ken
本題から逸れるかもしれませんが、TADFのS1からT1への系間交差の速度がT1からS1への熱励起と速度が競合しても、有機ELでの効率が100%になるのでしょうか?
S1からはS0への発光プロセスが加えて存在するので、S1-T1間で平衡状態になったとしてもS1からは発光により占有数が減っていくため、最終的に光ってさえくれれば100%になります。その意味ではRISCをそこまで高速化する必要もないかと考えられるかもしれませんが、デバイスの長期的な寿命の観点からは重要です。励起状態はなるべくさっさと光って基底状態にもどってもらわないと高エネルギー状態の分子が光反応によって壊れていったりしてしまうためです。
古賀雅史
極性溶媒で高次励起状態はどのようにpopulateされているのでしょうか
高次励起状態を介したISC/RISCは二次の摂動論で語られる話になってくると思うのですが、 必ずしも実際に占有されなくても速度定数には影響するという見解が一般的です。ただし、もちろん十分エネルギー的に近くなってきて熱分布で届く範囲になってくると実際に占有されることもあるかもしれません。そこまでの定量性は今回お見せした励起状態計算では議論が正直難しいと思います。
Shingo Hirashima
化学構造からISCでの立体構造変化が起きるかどうかは予想できるのでしょうか?
ぜひ予想できるようになりたいですね。そこまでできればデザイン指針確率の達成に大きく近づくと思います。ただし、現時点ではまだそこまでは難しいかなといった印象です。単純に思いつくのはバルキーな置換基を回りそうな箇所につけて、回転等を抑制するという考え方です。そもそも回転や折れ曲がりが起きにくい剛直な構造であれば立体構造自体は抑制できると思いますが、S1→S0の発光の振動子強度もある程度確保する観点からはもう少し微妙なデザイン指針が必要かもしれないと考えています。
Norihito Fukui
T1状態で構造変化するか否かを決める因子は何なんでしょうか。
S1とT1の違いは、交換相互作用がエネルギをー不安定にさせる方向に働く(S1の場合)か、安定させる方向に働く(T1の場合)かといった点です。従って、分子は立体障害が許す範囲でS1ではHOMO-LUMO重なり積分を小さくする方向に、T1では大きくする方向に構造変化するという直感を持っています。
taira natsuki
固体で測定するときに少しずつ違う位置にポンプ光を当てることで、試料へのダメージを抑えるようなことは可能でしょうか?
ある程度は可能です。実際当研究室でも、左右に動く電動ステージに試料を固定して動か振ながら測定を行うことがあります。均一な固体試料であればこの方法は有効ですが、溶液のフローで常に新しい分子がプローブ領域に送られてくる状況と比べるとどうしてもダメージは溜まりやすい印象があります。
Martin RUSSELL
あまり構造変化が起きなければRISCがいくのなら、RISCがいかないものでもカルバゾール同士をアルキル鎖でしばるといった手法でRISCがいくようになるのでしょうか。それとも因果関係逆なんですかね
この点はまさに検討しようとしています。一つ関連コメントします。溶液と固体の比較はある意味で構造変化の有無の対照実験になると考えているのですが、固体中ではおしなべて構造変化が抑えられているような結果が得られています。また、固体の方が溶液よりもTADFを多く出す傾向もあるので、この点は少なくともクリアに相関があるのは確かです。この点もうちょっとちゃんと詰めて、論文にしようと思っています。
発表2:久木 一朗(阪大院基礎工・教授)
水素結合で組み立てる多孔性フレームワーク
有機分子を水素結合により集合させた多孔質構造体は、簡便な作製工程や自己修復能などの観点から興味が持たれるが、配位結合や共有結合で分子を組み上げた構造体と比べると構造が脆弱であり、また構造体の事前設計すらも困難であった。これに対し我々は、単純な水素結合供与基であっても高次に集積させ、さらに二次的な相互作用を併用することによって、強固でかつ設計性に富んだ永続的多孔性フレームワークが構築可能であることを示した。本講演ではその詳細を発表します。
Youtube チャットコメント一覧:
takephos
HATの場合、CO2が選択的にトラップされる要因はなんでしょう?サイズだけでしょうか?
takumi aizawa
なぜ結晶の片側からヨウ素分子染みていくのでしょうか? 結晶全体、或いは棒状結晶の両側からではなく、片側からという点が不思議です。
taira natsuki
HATを用いた系で、CO2が吸着される駆動力やvoidに対して平均何個のCO2が入っているか気になります。
Takahiro
ヨウ素が片側から入る点は、私も気になりました。また、単結晶としてはどのくらいの大きさまでは容易に作れるのでしょうか?
Naoyuki HaradaM
大きさ以外に取り込まれたすさの違いがあるのかが気になります。骨格と相互作用するようなゲストだと、取り込まれやすい一方で、骨格が崩壊しやすくなるのでしょうか。
八束孝一
一般的に、再結晶するpHや溶媒がプロトン性か否かによって構造が変わったりするということはあるでしょうか?
田代啓悟
CP-HATとCBP-HATのガス吸着の選択制の違いですが、材料と吸着ガスの分極率の影響などはありますか?
吉田瑠
ゲスト分子の内包によって色調が変化する系を紹介サれていましたが,実験や計算科学等による電子構造に関する知見などがあれば教えていただきたいです.
Takahiro
溶媒の抜き方(熱・減圧・常圧常温等)によって最終構造が変わるのかは気になりました。素朴には、熱をかけると崩れやすそうな気もしたので。
Noa Sato
ゲスト分子の捕捉に水素結合は関与していないのでしょうか?
Martin RUSSELL
フェニレン部位の長さの限界が気になりました
Yuto Yabuuchi
水素が入らないのに二酸化炭素が入るのは奇妙ですね
S S
水素だと入るけど小さすぎて抜けるのも速い、ということは……?
田代啓悟
水蒸気の吸着率は観測することはできますか?
Yuto Yabuuchi
>SS さん77 K では水素はベンゼン環の表面などに吸着できます。
Yuto Yabuuchi
でもスタッキングするとベンゼン環の表面が使えなくなりますね。「小さすぎて抜ける」もありえそうです
Hiroki Otsuka
最初にご紹介されていた系で、加熱によるゲスト脱着後に同一ゲストを再吸着させることで構造は加熱前の状態に可逆的に回復するか、ゲスト次第で構造が回復する・しないが分かれるなどあるのか気になりました
nono nono
HATのらせんの向きに依存したキラル物性などは見られますか。