2020 Aug. 17 第5回“光”機到来!Qコロキウム
盛会のうちに幕を閉じました。ご参加ありがとうございました!
発表1:倉持 光(分子研・准教授)
極短パルスを用いた反応分子の実時間構造追跡
化学反応において分子を構成する核の配置がどのように変化し, どのようにして反応生成物が生まれるのかを解明することは反応研究の究極の目標の一つである. これを実現するためには分子構造の変化を高い時間分解能で時々刻々観測することが必須であるが, 分子の核の動きの時間スケール、すなわちフェムト~ピコ秒領域で進む分子の構造変化を捉えることは容易ではない. これに対し、我々は極短パルスを用いた独自の時間分解”時間領域”ラマン分光法を開発・駆使することで反応分子のフェムト秒構造ダイナミクスの可視化に取り組んで来た. 本講演では実験原理について概説するとともに, 複雑分子系への応用など最近の成果について紹介する.
Youtube チャットコメント一覧:
質問① Kiyoshi Miyata
変位体は電子吸収スペクトルや過渡吸収スペクトル自体は変化させませんか?
質問② Kiyoshi Miyata
素晴らしいですね! しかしX線回折が食い違った原因は何だったんですかね…?
質問③ Kiyoshi Miyata
Au三量体がS1では曲がっていて、T1で直線系になるドライビングフォースは何と考えられてますか?
質問④ Takashi Hirose
Au(CN)2多量体について、光励起状態で3量体から4量体へ伸長するようなプロセスは実験結果から示唆されますか?
質問⑤ Kiyoshi Miyata
ps以上の時間領域について、時間分解自発ラマン分光よりも時間分解インパルシブラマン分光の方が優れている点はありますか?
質問⑥ Takashi Hirose
「振動状態のカップリング」とはどのような状態なのでしょうか?
カップリングすると、同位相と逆位相でカップルした振動モードが新たに生成して、それぞれの吸収波数がシフトするイメージがあるのですが。
カップリングした振動モードを細かく見ると、ピークの分裂が見られたりするのでしょうか?
質問⑦ Yosuke Tani
測定結果の解釈についてです。基本的にシミュレーションが実測と矛盾しないかを見て解釈していくと思うのですが、そのためにはダイナミクスについて仮説を立てる必要があると思います。誰も見たことがない時間領域の構造変化についてどうやって仮説を立てるのでしょうか。仮に誰も他の手法も含めて測定したことがない対象だったときに、一般的な手続きや手掛かりになる情報源があればお聞きしたいです。
質問⑧ Yoichi Kobayashi
時間分解ラマン測定に必要な試料のだいたいの量と、測定時間を教えていただけますでしょうか。
質問⑨ Yoichi Kobayashi
二次元ラマン分光は2000年代に広く研究されていましたが、アーティファクトがシグナルに混ざっていたことが判明し、そのあと収束していったように思います。先生の手法は、これらの従来の課題を克服した結果できているということなのでしょうか?
—–その他のやり取り—–
[質問⑦に対して] Hikaru Kuramochi
Tani Yosuke様、コメントありがとうございます。誰も見たことがない時間領域であっても、振動バンドの帰属さえつけば仮説無しにダイナミクスの議論は出来ます。ただ複雑な形状の分子ですとどうしても振動バンドの帰属に計算が必要になってしまいます。振動分光の弱い点ではありますが、その分回折などより強い点もあります。
Yosuke Tani
倉持先生、お返事ありがとうございます。何度かマーカーという言葉が出てきましたが、特徴的な振動バンドを示す官能基を狙って測定対象に導入するようなことも、できると面白いなと思いました。興味深いご講演ありがとうございました。
Hikaru Kuramochi
谷様、ありがとうございます。ご指摘の通りで、マーカを入れるのは強力。官能基を入れるわけではないですが、振動分光の常套手段として、同位体を入れようとはしたのですが、タンパクの場合はコストと労力的に厳しく断念しました。コメントありがとうございました。
発表2:廣瀬 崇至(京大化研・准教授)
π拡張型らせん状化合物の合成と物性開拓
らせん状に大きく広がったπ共役化合物はどのような物性を示すのでしょう?近年の有機合成化学の発展に伴い、「大きなπ共役系」と「キラリティー」を兼ね備えた芳香族化合物の合成の機運が高まっています。我々は「らせん状骨格を均一にπ拡張する」というコンセプトに基づいて、美しいπ拡張型らせん状化合物の合成に取り組んでいます。本講演では、近年合成に成功した化合物の有機合成・光機能・分子ばね特性について紹介します。
Youtube チャットコメント一覧:
*講演者からの返答はイタリックで追記しました。
質問① Kiyoshi Miyata
MOがどんな感じがめっちゃ気になる…!
回答① ありがとうございます!均一にπ拡張したヘリセンでは、HOMO, LUMOが分子全体に非局在化していることに由来して、吸収端が800 nmに届くような長波長側の光応答性が得られました。MOを論理的にデザインすることで、興味深い電子状態が達成できていると考えています。
コメント❶ Konishi Genichi
2講演とも、濃ゆい内容で、楽しい!
回答❶ 小西先生、ご参加ありがとうございました!
質問② Kiyoshi Miyata
末端が水平になるのは結晶中のππ相互作用による影響はありますか?
回答② 結晶中でのパッキング効果の影響も多少はあるかもしれません。
分散力補正を加えた孤立分子のDFT計算で単結晶構造が再現できるので、分子内でのらせん分子末端間ππ相互作用の寄与は大きいであろうと考えています。論文 (DOI: 10.1021/jacs.7b13412) のSIに、分散力補正の有無での最適化構造と単結晶構造を重ねたFigureと、複数の軸方向から見た結晶パッキングの様子を報告しています。ご興味があれば是非ご覧ください。
質問③ Akio Yamauchi
この分子って系間交差の副準位選択性とかってどうなるんでしょうか。電子スピン偏極の特性とかも面白いものが得られそうです。
回答③ 興味深い質問ありがとうございます!らせんキラリティーに由来する電子スピン偏極特性はとても興味を持っています。まだまだ知識が足りていないので、是非教えてもらいたいです。項間交差の副準位選択性と電子スピン偏極の特性はどのように関係があるのでしょうか?
今回紹介したπ拡張らせん分子(hexa-pery-hexabenzo[7]helicene)については、S1→S0の無輻射失活が非常に高速(S1寿命 ~ 1 ps)であるため、三重項状態は生成していないと考えています。
質問④ Yoichi Kobayashi
S0-S1遷移の吸収バンドの線幅が極めて広い原因はわかりますでしょうか?
回答④ 小林さん、ありがとうございます。講演中に少しお話した通り、横軸を波数単位でプロットし直すと、それほど長波長側の吸収バンドの線幅は短波長側の吸収帯のものと同程度であることを確認しました(横軸を波数単位に変換すると、300-400 nmと600-800 nmが同じ線幅になりますよね?)。つい波長単位のスペクトルに親しみがありなかなか抜けられませんが、横軸波数 (or 横軸 eV) 単位での分光スペクトルにも慣れていかないといけないなと感じています。
コメント❷ Yasunori Matsui
sp3骨格を環化してから芳香環化する方法,櫻井先生のスマネン合成と通じると思いました
回答❷ 松井先生、ありがとうございます。櫻井先生のスマネン合成 (DOI: 10.1126/science.1088290) は革新的ですね!Newmanらが1956年に初めて[6]heliceneを合成した論文でも、同様の手法(sp3骨格を環化してから芳香族化)が用いられています (DOI: 10.1021/ja01599a060 )。
Scholl反応や光化学反応では「ラジカルカチオン状態」や「光励起状態」で分子軌道がどのように分布しているかが、反応が進行するかどうかを考察する上で大切な観点だと思います。アルキル基 (sp3骨格) は、母骨格の電子状態にそれほど大きく影響を与えないので、工夫次第で非常に有効なアプローチになると感じます。
質問⑤ 池下 雅広
無輻射失活が速いのはエネルギーギャップ則の影響が結構効いているのでしょうか?
回答⑤ 質問ありがとうございます。講演中の質疑の時間に少しお話した通り、今回の化合物については、垂直励起状態の近傍にコニカルインタセクションが存在しているためでは?と考察しています。
エネルギーギャップ則とは、励起エネルギーが低くなると(振動状態との重なりが大きくなる傾向があるため)無輻射失活速度が指数関数的に大きくなる傾向 (k_nr ∝ exp(−γΔE) ) のことだと思います (DOI: 10.1021/j100081a010)。無輻射失活速度を考える上で、エネルギーギャップ則を考えることは重要だと思います。今回の化合物では無輻射失活速度は k_nr = 8 × 10^11 s^-1(吸収端は800 nm付近)であり、既存の近赤外発光色素のものと比べると、数桁大きい値が得られています。近赤外領域(例えば 1000 nm付近)で発光する色素が世の中に実在することを考えると、全ての有機分子がこの波長領域で k_nr = 10^12 s^-1オーダーの無輻射失活速度を持つとは考えにくいです。近赤外領域で無輻射失活速度が大きいのは「エネルギーギャップ則」に由来するのだろう、と考えるのは簡単ですが、基底状態と励起状態のポテンシャルの重なりと振動状態を個別の分子構造に対して深く考えてみる姿勢は大切だと思います(例えば、エネルギーギャップ則の式の中で減数定数γ は、どのようなパラメーターで決定されるのでしょう?)。
無輻射失活過程の制御は、光化学分野の中で今後のホットトピックの1つになると思います。無輻射失活過程を効率的に抑制するアプローチが開拓されることを期待します!
質問⑥ Kiyoshi Miyata
S1の構造ダイナミクスがすごく気になります! S1で最適化構造したら分子が開くのか閉じるのか…
回答⑥ DFT計算結果によると、π拡張型ヘリセンのS1状態では分子ばねは「閉じる」方向に動くようです。もし、過渡IR or Raman分光を用いて、分子バネの伸縮に対応する振動モードの時間変化を直接追いかけることができれば興味深いです!超短パルス励起を用いると、系内のバネ分子をコヒーレントに伸縮運動させることもできるのでしょうか?
質問⑦ Kiyoshi Miyata
このばね、左右(上下?)対称ですか?
要は左右対称な調和振動子にならない気がする(非調和性が強そう)と思った次第です。
回答⑦ 無置換のhelicene誘導体の分子構造はC2対称に分類されると思います。分子構造は対称的です。
左右(上下?)で対称かどうか、というのは、分子ばね伸縮振動に対応するポテンシャル曲線が、伸長側と収縮側で非対称になるのでは?という質問でしょうか?ある分子振動モードのの非調和性を定量的に議論するは、どのようにアプローチすれば良いでしょう?(実測するであれば、振動吸収の倍音を観測してプロットするのでしょうか?)分子ばね振動モードの非調和性を利用して、マクロな金属バネとは異なる物性が実現できれば面白そうだと思います。
質問⑧ 秋坂陸生(広島大)
後半のトピックの分子の外側や内側を修飾することはできるのでしょうか?
(実際にナノサイズのバネとして使えるのでしょうか?)
回答⑧ 質問ありがとうございます!分子の外側や末端に置換を導入する試みは現在研究中の課題です。十分に可能であると思います。分子末端に金属探針が結合できるような置換基を導入することで、実際のナノサイズのバネとしての力学物性を測定してみたいと考えています。
質問⑨ 谷 洋介
分子1について質問です。
ジグザグ方向にペリレンを伸ばした場合と比べ、らせん方向に伸ばした今回の分子の特徴は、円偏光以外ではどんなところに現れるのでしょうか?
回答⑨ 谷先生、ありがとうございます!(1) 分子構造の美しさ、(2) HOMO-LUMOギャップ、(3) らせん反転のダイナミクス、(4) 化合物の安定性 の観点を紹介します。
(1) まず第一に、らせん方向に縮環した方が「分子構造が格好いい」と思います!(個人的な主観です。らせん状の分子がとても好きなので。笑)
(2) また、らせん方向の縮環の方がジグザグ方向よりもHOMO-LUMOギャップが効率的に狭くなる傾向があると思います。(フェナントレンの軌道係数は1,10位で異なります。軌道係数の大きい部位同士を結合させた方が、より大きな軌道間相互作用が得られることに起因すると考えています。)
(3) ジグザグ方向にフェナントレンを縮環するとテープ状の分子となり、複数の[5]ヘリセン骨格がテープ中に現れる分子構造になると思います。これはこれで面白そうですが、[5]ヘリセン骨格は室温付近でもらせん反転が起こると予想できるので、分子キラリティーの定義とダイナミクスが複雑になりそうです。(これは円偏光物性に大きく関わりますね。)
(4) [5]ヘリセン骨格は酸化や光に応答してベンゾペリレン骨格へと縮環することが知られています。この観点から、得られた化合物の安定性も異なると予想されます。
質問⑩ Yoichi Kobayashi
分子ばね特性を実験的に測定する手法は何かありますでしょうか。ばね定数の古典力学的な算出に関してですが、実際にはπ電子の反発などが大きく影響する気がします。
回答⑩ ありがとうございます!(1) AFMを用いたフォースカーブの測定、(2) ラマン分光を用いたバネ伸縮振動モードの観測、(3) X線自由電子レーザーを用いた構造ダイナミクス解析 などが実験的な測定の有力候補だと思います。将来的には、電子顕微鏡で分子振動モードの単一分子直接観測が行えるような時代が来るのでしょうか?
DFT計算を用いたばね定数の算出については、分子を圧縮すると確かにπ電子の反発が大きく影響しそうですね。調和振動で近似できる範囲の分子構造変化であれば、マクロな金属バネと同様の挙動を示すと考えて良いのではないでしょうか。ヘリセンがバネ上の分子構造を持つのは、π共役系が平面になりたい電子的な力とらせん層間の立体反発力とのバランスで説明できると思います。この観点からヘリセンは「縮み切った状態のばね」に相当すると思います。完全に縮んだマクロな金属バネでも反発力の影響は大きいと思います(圧縮すると大きな反発力が生じますね)。
質問⑪ Nobuhiro Yanai
分子ばね、何らかのゲストとcomplexを作ってキラル誘起はされますでしょうか?
回答⑪ 楊井先生、ありがとうございます!キラル誘起は可能であると思います。
キラル誘起の観点では、室温でらせん反転するフレキシブルな化合物が適しています(らせん反転の活性化障壁が非常に高い[7]heliceneは、動的なキラル誘起実験には向かないです)。室温で高速にらせん反転するらせん状ケクレン分子を、キラル溶媒としてリモネンに溶解させてCDスペクトルを測定すると、ごく僅かですがCDシグナルが観測されました。効率良くキラル誘起するためには安定なcomplexを形成する必要があると思います。無置換の炭化水素ではゲストとの会合定数が低くなりがち?な印象があるので、効率的なキラル誘起を目指すのであれば、極性置換基の導入などを行う必要があるかもしれません。
ちなみに、TAPAと呼ばれる2,4,5,7-tetranitrofluorenone誘導体が[6]heliceneとキラル選択的に会合体(おそらく電荷移動錯体)を形成することが知られています。1955年にNewmanらは、このキラル錯体の形成と再結晶を用いて[6]heliceneのエナンチオマーが分離できることを報告しています (DOI: 10.1021/ja01617a097)。Newman投影図のNewman先生です。JACSに掲載されたこの論文中では “The synthesis of this hydrocarbon will be described later.” と記載されており、[6]heliceneの合成よりも先にTAPAとのキラル錯体形成が報告された歴史があるようです。最初の[6]heliceneの合成は翌年1956年に報告されています (DOI: 10.1021/ja01599a060)。
質問⑫ Nobuhiro Yanai
分子の拡散に異方性が出る可能性はありますでしょうか(光を当てた時、特定のマトリックス中?)
回答⑫ 分子拡散の異方性が出てくるとかなり面白いですね!例えば、光をある方向から照射すると、空間的にエナンチオマーが分離される現象に繋がります。混合エントロピー(熱的なブラウン運動・熱拡散)に打ち勝つ必要があるので、かなりチャレンジングであるとは思います。例えば、走行性の超分子とキラル分子認識を組み合わせると可能でしょうか?何か良いアイデアがあれば教えてください!
質問⑬ Kiyoshi Miyata
伸縮に伴って電子がまっすぐ流れるからせん状に流れるかでスピン特性も変わりそうですね!
回答⑬ 分子構造変化によってスピン特性は変わりそうですね!夢は広がります。
どんな電子状態の有機分子が優れたキラリティー誘起スピン選択性を示すのか、とても興味を持っています。
質問⑭ Youichi Tsuchiya
分子ばねの結晶での分子間の配置はカラム状構造ですか?それとも入れ子状構造ですか?カラム状の場合、結晶の圧力応答を取るのも面白いと思いました。
回答⑭ ありがとうございます!面白い観点だと思います。
分子ばねの結晶は、入れ子状構造に近いものや綺麗なカラム上構造を取るものなど、分子構造によって様々です。(単結晶をX線構造解析装置にマウントする時などに)特に弾性に優れた単結晶が形成されるような印象は、現状では持っていませんが、今後大きめの単結晶を作成して試してみたいと考えています。
質問⑮ Kiyoshi Miyata
光るほうのキラル分子の発光スペクトルの振電バンドが複雑なのが興味あります! なぜ単一の振動でなく多数の振動が結合しているように見えるのか興味深いですね。
回答⑮ ありがとうございます!確かに振電バンドは、複数の振動モードが重なったような複雑な形状をしているように見えます。平面環状炭化水素のkekuleneやseptulene (平面七角形環状炭化水素) でも類似した形状の発光スペクトルが観測されるようです。
ストリークカメラで発光寿命を測定しましたが、波長に依存して寿命が異なるような成分は見られておらず、1成分の発光であると考えています。
詳しい原因は定かではないですが、電子基底状態 (S0) と一重項励起状態 (S1) の分子構造変化に2種類以上の振動モードが関わているのかもしれません。過渡IR/Raman分光の観点から、何か面白い測定は行えるでしょうか?
振電相互作用を加味することで、量子化学計算で吸収発光スペクトルの振動構造を再現できる手法があると思います。実際に手元で行ったことはありませんが、詳しく解析すると、具体的にどの振動モードが大きな振電相互作用を有しているのか計算化学からアプローチできる可能性はあるなと考えています。